2005年07月03日

元気かな

今日はでかける用事もなかったので、

それなら家を掃除しようと思いました。

私はB型人間です。

やるときゃぁやる、のB型人間です。

普段はエンジンがかかるのが人一倍遅いんだけど、

一度始めてしまうと徹底的にやってしまうんです。



まぁ今年も半分過ぎたことだし、

やるなら今日だ!と。



で、手始めに食器を片付けました。

気分を変えるため、歯磨きをしました。

たまっていた新聞のスクラップをまとめました。

自分の部屋とキッチンに掃除機をかけました。

洗濯物をたたみ、トイレそうじをしました。

古新聞を紐で結わえました。

せっかくだからと、お風呂場のカビとりまでやっちゃいました。



ここまでくると、さすがに腰痛の厭な予感がしたので

お部屋にもどり、ブログの更新にとりかかったというわけです。

(↓くわしくは『聴く』を見てくださいな)



それにしても、

今日は良い気分転換になりました。

家のなかがスッキリすることで、運気もあがるらしいしねグッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)



そうそう。

そういえば掃除にはげんでいたとき、ふとあることを思い出しました。

R子ちゃんのことです。



R子ちゃんというのは、幼稚園時代に私と仲良しだった子。

よくお泊りとかしたっけなぁ。

そのあとR子ちゃんが九州に引っ越してしまって

それでも文通という手段を使って、“ともだち”はつづいていた。

私たちは小さかったけど、それなりに頑張ってたのだ。

R子ちゃんに会いたいなぁと思ってたら、

ある夏、母が「R子ちゃんに会いにいこうか」と言ってくれた。

そう、私の母の実家は鹿児島県。

だから鹿児島に行くときにちょっと遠回りして、R子ちゃんに会いにいこうというわけだ。

すごくうれしかった。

ちゃんと会ったということは覚えている。

けど、東北とはケタちがいの暑さに耐えられなかったのか、

どうしてもそれ以上のことが思い出せない。


R子ちゃん、元気かな。

高校まではつづいていた文通も、大学へ入るときに

「全寮制の学校に入るから、しばらく連絡できないと思う」と途絶えてしまったままだ。

実家の住所は変わっていないはずだけど、もう連絡してもいいのかな・・・。


また今年も夏がやってくる。















posted by ベリィ at 23:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 語<かたる> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベリィの音楽年表

『聴く』というカテゴリを作りました。

ここでは、おもに音楽に関することを提供できたらなぁと思っております。

今日は初回なので、

まず、管理人ベリィはどういう音楽とかかわって生きてきたのかというテーマに基づき

ちょっとばかし振り返ってみたいと思います。

ときに断片的に思い出すことはあっても通して考えたことがないので、

自分自身、初の試みにちょっとドキドキなのですが。

とりあえず年表風にまとめてみたいと思いますのでお付き合いくださいるんるんるんるん


↓↓




ベリィの音楽年表


1983(0歳)

この世に生まれる。


1984(1歳)

この頃よりTV『おかあさんといっしょ』を見始める。


1985(2歳)

初めて覚えた歌謡曲は「恋におちて〜Fallin' love〜」だったとか。


1986(3歳・チューリップ組)

某私立大学附属幼稚園に通い始める。

『みつばちマーヤ』というミュージカル風の劇で初の主役をつとめる。


1987(4歳・さくら組)

引越しのため転園。この頃より民謡を始め、

会館やら老人ホームの慰問やら数々のステージ(!?)を経験。

担当は唄い手。実はベリィ一家は父親を除いて民謡一家だったのである。


1988(5歳・つばき組)

幼稚園では音楽についてはかなり熱心な教育ぶりで、ほぼスパルタ的訓練の日々。

園内オーディションに合格したため、鼓笛隊に入ることを余儀なくされ、

スネアドラムを担当することとなる。

クリスマス会ではマリア役を務めるかたわら、

器楽合奏では「サウンド・オブ・サイレンス」を演奏する。

ピアニカ担当だったけど、本当はマリンバとかもっとカッコイイ楽器やりたい、

と密かに思っていた。


1989(6歳・小1)

市立HM小学校に入学。この頃はまだ民謡をやっていて、

唄のほかにも太鼓とかお囃子とかさまざま担当するまでに成長。

三味線もちょっとかじったけど、最初から大人用で練習させられたため、

重さに耐え切れず断念・・・。

小学校に入学したのをきっかけにピアノへ通い始めるも、

先生に「始めるのがもうちょっと早ければねぇ」と言われてちょっとやる気をなくす。

聴音(ピアノの音を聴いて譜面におこすってやつ)は

わりと得意だったかも。


1990(7歳・小2)

学校で合唱のオルガンとかやらされる。よくありがちな。


1991(8歳・小3)

K小学校へ転校したが、実家は変わらなかったのでピアノは止めずに毎週通った。

移動で疲れている上に練習嫌いだったので、毎回おこられていたなぁ・・・。

この年の担任の先生は元中学の音楽教師だったので、音楽には厳しくて。

でもいろいろ褒めてもらったんだけどね、リコーダーとか。


1992(9歳・小4)

いわゆるJ−POPへの目覚め!?

初めて買ったCDは、SMAPの「Hey Hey おおきに毎度あり」。

いや、流行ってたんだって!その後、しばらくSMAPを追いかける。


1993(10歳・小5)

ミスチルが流行ってた。オトンが持ってるCDを借りたり。

松任谷由美(荒井由美時代も含めて)、槙原敬之なんかは、

子どもながらに良いかも!って思っていた。

ドリカム、ZARDとかもよく聴いてたな。


1994(11歳・小6)

スピッツにはまる。

オトンがほぼ全部CDを持ってたのでぜんぶテープにおこして毎日聴いた。

入院生活も、マサムネさんの癒し系Voにより何とか乗り切る。

世の中では、アムロちゃんとか、TRFとか、GLAYなんかが流行っていたかな?


1995(12歳・中1)

スピッツ一直線。

付き合ってもいい人(自分のなかで)不動の第一位は、

誰が何と言おうとマサムネさんだった。

下校の曲に「チェリー」が使われてて、ちょっと懐かしい思い出が・・・。

この年、吹奏楽部に入部する。担当していた楽器はサックス。

アルトから始めればいいものを、修理中だったためいきなりテナーをやらされる。

楽器が戻ってからは、アルトやったりテナーやったり。

おかげさまでどっちもこなせるようになりましたけど!


1996(13歳・中2)

市立KM中学校に転校。

まだできたてホヤホヤの新設校だったので、楽器は選べなかった。

不服ではあったがこれも経験だと思い、クラリネットをやってみることに。

だがやっぱりサックスほどにはしっくり来ず、

勇気をだして父親に「サックスほしいんだけど・・・」とおねだりしたところ、

「これからもいっぱい練習するんだぞ!」という激励の言葉とともに

ヤマハのアルトサックスを買ってもらうこととなった。父、感謝!

一方、音楽ではGLAY大好き期に突入。

連絡帳もGLAYの切り抜きだらけだったりして・・・あの頃は若かったなぁ。

一番のお気に入りはHISASHI。

ここらへんが“変わり者”と言われいた私であった。


1997(14歳・中3)

まだまだGLAY好き。

CDも出るたび予約までして全部持ってた。

FC会員にもなり、友達と初めてライブにも行ったりした。

しかも野外!!今でも忘れない思い出である。

ほかには、椎名林檎と出会う。

まだ売れる前だったけど、ラジオから聴こえてきたのがめちゃくちゃ衝撃的で。

友達に「椎名林檎っていいよね」って言ったら、「誰それ??」って言われるほど、

この頃はまだ知名度が低かったのですね。


1998(15歳・高1)

高校も部活のさかんなところにしようと、迷ったが女子高に進学。

もちろん吹奏楽部に入部。

もちろんサックスを希望するも人気が高く、しょっぱなからオーディション。

生き残ったはいいけれど、

「ほかにできる人がいないからお願いね!!」との先輩の一言により、

担当はバリトンサックスという一番低く大きな楽器となる。

以後、腰痛が持病になったのは絶対にこの楽器が原因。

忙しさのあまり、せっかくできた彼氏くんとも会えずに終わってしまった・・・。

GLAY熱もまだ高く、地元でライブがあるたびに行ってたなぁ。

部活とカブってみんなでGLAYをとったら、先輩にはえらい怒られたけどね〜。

いや、休むってちゃんと事前に了解もらったのに!!


1999(16歳・高2)

GLAYが海外進出を望み始めたので一気に熱が下がる。

この頃、楽器も本格的に毎日やっていたので、聴く音楽も多様化。

椎名林檎はこのころ全盛期。

スカパラの谷中敦、CANDY DULFERなんかはパワフルなサックスでよくお手本にしていた。

勝手に耳コピって練習したりね。

楽器は以前バリトンサックス担当。

逆境をエンジョイする勢いで数々の困難を乗り越え、

部活もそれなりの成績をおさめる。


2000(17歳・高3)

受験生だというのに11月後半まではバリバリ部活尽くしの毎日。

このころ付き合ってた彼氏くんはレコード集めが趣味で、

CD屋さんやレコード屋さんにはよく通った。

クラブとかにもよく出入りする人だったので

何度か「行こうよ」って言われたこともあったけど、

その方面はあまり好きじゃなかったのでお断り。

それから2月中旬まで、日本でどんな曲が流行っていたのか未だに分からない・・・。

全然テレビとか見なかったしなぁ。

受験が終わると、また音楽を聴き始めるのであったが。


2001(18歳)

努力の甲斐あって無事大学入学。

引っ越して最初に買ったCDは、忘れもしない

キック・ザ・カン・クルー『VITELIZER』と、

くるり『THE WORLD IS MINE』というアルバム。

慣れないところでコレ聴きながら頑張ってたなぁ、なんて。

この年、番号が前後だったSくんと出会う。

最初に借りたのは、ケムリ『77days』と、

MONGOL800『MESSAGE』と、

Steady&Co『CHAMBERS』というアルバム。

「Only Holy Story覚えて一緒に唄って〜」と言われたので、頑張って覚えましたとさ。

きゃっ☆

ケムリのライブに誘われて行ったのもこの年。

仙台に来て初めてのライブハウス、

感想は「せ・・・洗濯機!?」

今思うと、しょっぱなからケムリってかなりハードだったかな。

そのあとちょっとトラウマになりかけたもん。


2002(19歳)

音楽面での意気投合が功を奏したのか、Sくんと付き合いはじめる。

共通して好きだったのがスカ部門だったので、

とにかくいろいろ聴いてあれこれと追求してみることに。

この時期、ライブにもよく行ったなぁ。

念願のスカパラを観れたときは泣きそうだったし。

MISIAも親友のおかげで2列目で観れた。

DOPING PANDAと出会ったのはこのころだったかな?


2003(20歳)

バイトの関係で、あまり好きじゃないタイプの音楽も聴くことに。

好きじゃないのはやっぱり何度聴いても馴染めるもんじゃないんだ、と実感する。

月一くらいのペース行われる、Sくんのお友達がやってる

THE BABIESのライブもできるかぎり参加。

今や私も一ファンとして、陰ながら応援している。


2004(21歳)

愛・地球博のイベントであるMISIAのライブチケットを親友が当て、

名古屋まではるばる旅行。またまた二列目であった。すごいよ・・・。

やっぱり基本は抑えとこうかな、との思いつきから、jazzのCDを集めはじめる。

実家に帰ると、オトンも実はjazz好きであったことを知る。

今はまだ模索中・・・。


2005(22歳現在)

この夏のROCK IN JAPANに行く予定!楽しみだぁわーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)





なんか、すごい大作になっちゃったあせあせ(飛び散る汗)

こんなんだったのか、自分。


posted by ベリィ at 19:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 聴<きく> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こんな詩はいかが?

くどうなおこさんの詩集から、

今日一番こころに引っかかった詩を紹介します。




海豚(いるか)のてがみ


きょう、海豚はくじらに手紙を書いた。


こんにちわ。くじら。おげんきですか。ぼくもげんきです。

ぼくは、めがさめたときや、さんぽしているとき、いまどこかで、

くじらが、ごはんをたべたり、ねむったりしているなとおもいます。

そうすると、うれしくなります。

それから、くじらはよく、ぼくのあたまをなでてくれます。

そうすると、やっぱりうれしくなります。

あんたはぼくの、たいせつなともだちです。

どうもありがとう。ではさようなら。    いるかより

くじらへ


海豚は、手紙を清書して、くじらのところへ持っていくことにした。

ちょうど夕日が沈むところだった。

泳いでいく海豚の背びれや波の頭が、金色に染まった。

「やあ、くじら。あんたのことを手紙に書いたの。その手紙、もってきた」

「やあ、海豚。ぼくのことを、手紙に書いたの?ちょうだい」

くじらは、ゆっくりと手紙を読んだ。海豚も頭をよせて、もういちど読んだ。


読んだあと、くじらは手紙をもとのようにたたんで、口の中の、いちばん奥のほうへしまった。

そしてふたりで、しばらく夕日の沈むのを眺めた。

「じゃ、ぼく帰ります。さようならくじら」

「さようなら海豚。帰るまえに、すこし頭をなでてあげようか」

「うん。なでて」

海豚は、くじらに頭をなでてもらった。

それから帰ってねむった。



『くどうなおこ詩集○』より






((独り言))

海豚とくじら。

いくら仲良しでも、いつも一緒に居られるわけじゃない。

「ありがとう」「ごめんね」「うれしい」「さびしい」

一緒に居ることで分かることもあれば、

離れているからこそ分かるってこともある。

たまには手紙で感謝を伝えるのもいいかもね☆






posted by ベリィ at 00:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 読<よむ> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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