2005年08月22日

KEMURI論

今日も暑い一日になりそうです あせあせ(飛び散る汗)

さて、このコーナー (←『○○論』ってやつね)

私ベリィがお気に入りの音楽について

勝手きままに、あれこれと思ひ出をとりまぜながら語るコーナーです。



実を言うと、いま時間があまりないのですが

“さわり”だけでも書いておこうかなと思って

PCを開きました。



今日のお題は KEMURI

  

先日載せたMUSIC BATONのなかで

私が“思い入れのある曲”の一つとしてあげさせていただいたアーティストです。

そして、いま

BGMとして流しているのも彼らのアルバム るんるんるんるん



いいねぇ、いいねぇ

やっぱり夏はKEMURIだよ。

昨日、バイト先のお客様約100名ほど集めて

某所で「大ビアパーティー」が行われたのですが

(↑ま、その話は長くなりそうなんで置いといて・・・)

助っ人として入った私と後輩のRちゃん。

仕事をしながらいろいろと話をしてました。

普段めったに仕事場では会わないのですが。

彼女は2歳年下だけど、聴いてる音楽は私と共通してる部分も多くて

影響したりされたりの仲なんですけど

その彼女、

先日KEMURIのライブに行ってきたとのこと。

しかも地元で!

あ、

ちなみに地元は私と一緒です。

すごかったってさ。

私も柴犬くんに連れられてライブには何回か行った経験あるけど





洗濯機ですよ、アレは





でも、彼らの音楽はやっぱり好き。

今度来たら行きたいなぁと

彼女の話を聞いてて、ふと思いましたとさ。
posted by ベリィ at 12:03| 宮城 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴<きく> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月03日

『ばらいろポップ』

今日買った1枚は ↓↓



ばらいろポップ.jpg


『ばらいろポップ』/SINGER SONGER
2005.06.29


8月になりまして

前々から楽しみにしていたことがあります。

それは・・・





ROCK IN JAPAN FESTIVAL 


2005






私にとって、初の野外フェス!!とうとう今週になってしまいました。

嬉しいような?淋しいような??

いや、楽しみではあるのだけど・・・

ほら、何事も

事前にあれこれ想像することが楽しいのであって、

今はその時期 るんるんるんるん

このフェスにはSINGER SONGERも参加します。



「“しんがーそんがー”って何??」

という方のために。

女性シンガー“Cocco”と“くるり”のメンバーから成るユニットです。

始まりは、たしか

Coccoの「SING A SONG」という曲を

○ワレコだったか○ペシャだったかの企画で

両者が一緒に唄っていたあたりだと思います。

(ごめんなさい、記憶が定かでなくて・・・)

その一回きりかなぁなんて思っていたのですが

アルバムまで出しちゃうなんて、素敵っっ!!

しかも、私

“Cocco”も “くるり”も どっちも好きです。



改めてこのアルバムを聴くと、両者の音楽って似てるかも。

なんか通じるとこがあったから一緒にやってるのだろうけど、

お互いの共通してる部分を混ぜあった感じというか・・・。

あ、でもVoはCoccoだから

くるりに象徴される岸田さんの声はコーラス程度なんだけど。



歌詞カードの最後に載ってるCocco



かわいいぃぃ (′ー`)



私がもし男の子だったら、きっとこんな人を好きになるでしょうな。

彼女の表情に 彼女の歌声に

癒されるぅ 晴れ

posted by ベリィ at 00:45| 宮城 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 聴<きく> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月25日

あ、復活してる!

今朝、

「図書館に本を返却しに行くのは、今日か明日しかない!!」

ということに気付き、

覚悟を決めて出かけようと思ったのに・・・

なんで見計らったかのように降るかな、雨 雨

帰りだけならまだしも、家出るときからなんて。

あの距離を濡れて走るなんて、今日の私には無理だわよ・・・。

仕方がないから夕方まで家に引きこもろうと、気をとりなおしたとたん

seesaa使えなくなってるし〜 がく〜(落胆した顔)

大魔王の仕業なのか、今日は何をやっても裏目に出るらしいので

できるだけおとなしくしていようと心に決めた、ベリィです。

でも良かった、復活して。



それでは、家に引きこもっているということで

今、部屋でかけているMUSICについて語ろう。



Orange Plastic Music.jpg


『Organic Plastic Music』
orange pekoe/2002.05.22



orange pekoeって、実はアルバムちゃんと借りたの初めて。

デビューしたときから知っていて、たびたびシングルの視聴はしていたんだけどね。

ただ、なんとなくアルバムを聴く機会がなかった。

CMで流れてきたり、街のお店でかかっていたり・・・。

一言でいうなら、“都会的”な感じ。

“のびやかに唄う”っていうのは、こういうのを言うんだろうなぁ、きっと。


この後にもアルバム出てるのに、コレを手始めに選んだのは

6曲目の「Happy Valley」

が聴きたかったから。


仕事場に向かうとき、自転車であればケータイでFM聴いてることが多い私だが、

あるとき本間ちゃん(Date FMのラジオパーソナリティ)が

リクエストコーナーでこの曲をかけていた日があった。

「この曲、最近は結婚式でよくかかってるねぇ。一気に華やかムードになるんだよ」

たしかに。

結婚式のバイトもしたことあるから、なんとなく分かる、その感じ。



posted by ベリィ at 15:08| 宮城 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 聴<きく> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月21日

スピッツ論(其之壱)

今日はめずらしく自転車で仕事に向かったので、

愛用のミュージックポーターにて音楽聴きつつ帰ってきました。

ケータイには今、晴れの日と雨の日に聴きたい曲を集めて入れています。

家に着いたとき、ちょうどかかっていたのは


スピッツ


でした。

自己紹介ではお気に入りの音楽にスピッツを入れたくらいですから

もちろん大好きです。



いろんな曲があるけど、今でも一番よく聴くアルバムは


『ハチミツ』


でしょうか。

家では父がスピッツのCDはほぼ全部所有しているので

私のはコピーですけどね・・・。



春夏秋冬いつでもスピッツな私ですが、

それでもしっくりくるのは“夏”という気がします。

さっき聴いてたのは

そのアルバムのなかの3曲目

「歩き出せ、クローバー」

という曲です。

どうしてだか分からないけど、たまに聴きたくなってしまうのよね。

売れたシングル曲にまぎれて忘れられかねない位置にありながら

それでも確かにある存在感。

だだっ広いクローバーの草原のなかで唄うマサムネさんが目に浮かびます。



今日は試験前準備のため時間があまりないので・・・

では、また。







posted by ベリィ at 01:13| 宮城 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 聴<きく> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月03日

ベリィの音楽年表

『聴く』というカテゴリを作りました。

ここでは、おもに音楽に関することを提供できたらなぁと思っております。

今日は初回なので、

まず、管理人ベリィはどういう音楽とかかわって生きてきたのかというテーマに基づき

ちょっとばかし振り返ってみたいと思います。

ときに断片的に思い出すことはあっても通して考えたことがないので、

自分自身、初の試みにちょっとドキドキなのですが。

とりあえず年表風にまとめてみたいと思いますのでお付き合いくださいるんるんるんるん


↓↓




ベリィの音楽年表


1983(0歳)

この世に生まれる。


1984(1歳)

この頃よりTV『おかあさんといっしょ』を見始める。


1985(2歳)

初めて覚えた歌謡曲は「恋におちて〜Fallin' love〜」だったとか。


1986(3歳・チューリップ組)

某私立大学附属幼稚園に通い始める。

『みつばちマーヤ』というミュージカル風の劇で初の主役をつとめる。


1987(4歳・さくら組)

引越しのため転園。この頃より民謡を始め、

会館やら老人ホームの慰問やら数々のステージ(!?)を経験。

担当は唄い手。実はベリィ一家は父親を除いて民謡一家だったのである。


1988(5歳・つばき組)

幼稚園では音楽についてはかなり熱心な教育ぶりで、ほぼスパルタ的訓練の日々。

園内オーディションに合格したため、鼓笛隊に入ることを余儀なくされ、

スネアドラムを担当することとなる。

クリスマス会ではマリア役を務めるかたわら、

器楽合奏では「サウンド・オブ・サイレンス」を演奏する。

ピアニカ担当だったけど、本当はマリンバとかもっとカッコイイ楽器やりたい、

と密かに思っていた。


1989(6歳・小1)

市立HM小学校に入学。この頃はまだ民謡をやっていて、

唄のほかにも太鼓とかお囃子とかさまざま担当するまでに成長。

三味線もちょっとかじったけど、最初から大人用で練習させられたため、

重さに耐え切れず断念・・・。

小学校に入学したのをきっかけにピアノへ通い始めるも、

先生に「始めるのがもうちょっと早ければねぇ」と言われてちょっとやる気をなくす。

聴音(ピアノの音を聴いて譜面におこすってやつ)は

わりと得意だったかも。


1990(7歳・小2)

学校で合唱のオルガンとかやらされる。よくありがちな。


1991(8歳・小3)

K小学校へ転校したが、実家は変わらなかったのでピアノは止めずに毎週通った。

移動で疲れている上に練習嫌いだったので、毎回おこられていたなぁ・・・。

この年の担任の先生は元中学の音楽教師だったので、音楽には厳しくて。

でもいろいろ褒めてもらったんだけどね、リコーダーとか。


1992(9歳・小4)

いわゆるJ−POPへの目覚め!?

初めて買ったCDは、SMAPの「Hey Hey おおきに毎度あり」。

いや、流行ってたんだって!その後、しばらくSMAPを追いかける。


1993(10歳・小5)

ミスチルが流行ってた。オトンが持ってるCDを借りたり。

松任谷由美(荒井由美時代も含めて)、槙原敬之なんかは、

子どもながらに良いかも!って思っていた。

ドリカム、ZARDとかもよく聴いてたな。


1994(11歳・小6)

スピッツにはまる。

オトンがほぼ全部CDを持ってたのでぜんぶテープにおこして毎日聴いた。

入院生活も、マサムネさんの癒し系Voにより何とか乗り切る。

世の中では、アムロちゃんとか、TRFとか、GLAYなんかが流行っていたかな?


1995(12歳・中1)

スピッツ一直線。

付き合ってもいい人(自分のなかで)不動の第一位は、

誰が何と言おうとマサムネさんだった。

下校の曲に「チェリー」が使われてて、ちょっと懐かしい思い出が・・・。

この年、吹奏楽部に入部する。担当していた楽器はサックス。

アルトから始めればいいものを、修理中だったためいきなりテナーをやらされる。

楽器が戻ってからは、アルトやったりテナーやったり。

おかげさまでどっちもこなせるようになりましたけど!


1996(13歳・中2)

市立KM中学校に転校。

まだできたてホヤホヤの新設校だったので、楽器は選べなかった。

不服ではあったがこれも経験だと思い、クラリネットをやってみることに。

だがやっぱりサックスほどにはしっくり来ず、

勇気をだして父親に「サックスほしいんだけど・・・」とおねだりしたところ、

「これからもいっぱい練習するんだぞ!」という激励の言葉とともに

ヤマハのアルトサックスを買ってもらうこととなった。父、感謝!

一方、音楽ではGLAY大好き期に突入。

連絡帳もGLAYの切り抜きだらけだったりして・・・あの頃は若かったなぁ。

一番のお気に入りはHISASHI。

ここらへんが“変わり者”と言われいた私であった。


1997(14歳・中3)

まだまだGLAY好き。

CDも出るたび予約までして全部持ってた。

FC会員にもなり、友達と初めてライブにも行ったりした。

しかも野外!!今でも忘れない思い出である。

ほかには、椎名林檎と出会う。

まだ売れる前だったけど、ラジオから聴こえてきたのがめちゃくちゃ衝撃的で。

友達に「椎名林檎っていいよね」って言ったら、「誰それ??」って言われるほど、

この頃はまだ知名度が低かったのですね。


1998(15歳・高1)

高校も部活のさかんなところにしようと、迷ったが女子高に進学。

もちろん吹奏楽部に入部。

もちろんサックスを希望するも人気が高く、しょっぱなからオーディション。

生き残ったはいいけれど、

「ほかにできる人がいないからお願いね!!」との先輩の一言により、

担当はバリトンサックスという一番低く大きな楽器となる。

以後、腰痛が持病になったのは絶対にこの楽器が原因。

忙しさのあまり、せっかくできた彼氏くんとも会えずに終わってしまった・・・。

GLAY熱もまだ高く、地元でライブがあるたびに行ってたなぁ。

部活とカブってみんなでGLAYをとったら、先輩にはえらい怒られたけどね〜。

いや、休むってちゃんと事前に了解もらったのに!!


1999(16歳・高2)

GLAYが海外進出を望み始めたので一気に熱が下がる。

この頃、楽器も本格的に毎日やっていたので、聴く音楽も多様化。

椎名林檎はこのころ全盛期。

スカパラの谷中敦、CANDY DULFERなんかはパワフルなサックスでよくお手本にしていた。

勝手に耳コピって練習したりね。

楽器は以前バリトンサックス担当。

逆境をエンジョイする勢いで数々の困難を乗り越え、

部活もそれなりの成績をおさめる。


2000(17歳・高3)

受験生だというのに11月後半まではバリバリ部活尽くしの毎日。

このころ付き合ってた彼氏くんはレコード集めが趣味で、

CD屋さんやレコード屋さんにはよく通った。

クラブとかにもよく出入りする人だったので

何度か「行こうよ」って言われたこともあったけど、

その方面はあまり好きじゃなかったのでお断り。

それから2月中旬まで、日本でどんな曲が流行っていたのか未だに分からない・・・。

全然テレビとか見なかったしなぁ。

受験が終わると、また音楽を聴き始めるのであったが。


2001(18歳)

努力の甲斐あって無事大学入学。

引っ越して最初に買ったCDは、忘れもしない

キック・ザ・カン・クルー『VITELIZER』と、

くるり『THE WORLD IS MINE』というアルバム。

慣れないところでコレ聴きながら頑張ってたなぁ、なんて。

この年、番号が前後だったSくんと出会う。

最初に借りたのは、ケムリ『77days』と、

MONGOL800『MESSAGE』と、

Steady&Co『CHAMBERS』というアルバム。

「Only Holy Story覚えて一緒に唄って〜」と言われたので、頑張って覚えましたとさ。

きゃっ☆

ケムリのライブに誘われて行ったのもこの年。

仙台に来て初めてのライブハウス、

感想は「せ・・・洗濯機!?」

今思うと、しょっぱなからケムリってかなりハードだったかな。

そのあとちょっとトラウマになりかけたもん。


2002(19歳)

音楽面での意気投合が功を奏したのか、Sくんと付き合いはじめる。

共通して好きだったのがスカ部門だったので、

とにかくいろいろ聴いてあれこれと追求してみることに。

この時期、ライブにもよく行ったなぁ。

念願のスカパラを観れたときは泣きそうだったし。

MISIAも親友のおかげで2列目で観れた。

DOPING PANDAと出会ったのはこのころだったかな?


2003(20歳)

バイトの関係で、あまり好きじゃないタイプの音楽も聴くことに。

好きじゃないのはやっぱり何度聴いても馴染めるもんじゃないんだ、と実感する。

月一くらいのペース行われる、Sくんのお友達がやってる

THE BABIESのライブもできるかぎり参加。

今や私も一ファンとして、陰ながら応援している。


2004(21歳)

愛・地球博のイベントであるMISIAのライブチケットを親友が当て、

名古屋まではるばる旅行。またまた二列目であった。すごいよ・・・。

やっぱり基本は抑えとこうかな、との思いつきから、jazzのCDを集めはじめる。

実家に帰ると、オトンも実はjazz好きであったことを知る。

今はまだ模索中・・・。


2005(22歳現在)

この夏のROCK IN JAPANに行く予定!楽しみだぁわーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)





なんか、すごい大作になっちゃったあせあせ(飛び散る汗)

こんなんだったのか、自分。


posted by ベリィ at 19:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 聴<きく> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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